2009年12月21日

安里繁信/シンバホールディングス

日本の観光&情報都市、沖縄にてシンバホールディングス㈱を中心としたシンバネットワークを展開する「安里繁信」氏
先日、三重県中小企業家同友会にて安里氏の講演会(IN桑名)を聴いた。



「頭はクールに心はホット」にという言葉を象徴するならこのお方だろう。
沖縄NO1のトラック野郎といわれたこの方が今や沖縄ビジネス界の救世主として今や全国も大活躍。
それもそのはずです。

有名な言葉は
「私たちでなければいけない存在意義を追求していく」
沖縄という島国で求められる「ワンストップショッピング」
物流を軸にした製造、小売、情報サービスのトータルサービス「ワンストップショッピング」の機能
を存在意義としてニーズに応えてきたシンバーネットワーク
これは全国のローカルにもヒントを与えてくれるメッセージかもしれない・・・

また他にこの安里氏の言葉で特に胸に響いた言葉がこちら

「全ての原因は我にあり」
心に響く幼少時代からの厳しい生活で培ったお言葉であろう。
講演でしゃべることであらためて自分に言い聞かせている、自分を戒めているんですと講演中も語ります。
責任感の強さを感じます。

またこのような言葉も
「戦略が正しいか否かよりもプロセスを大切にすることが成功の秘訣」
方向性よりも情熱をもった行動、情熱をもった組織が成功プロセスへと導くのだと。

安里氏の話を聴くと今が100年に一度の経済危機だということを忘れ、
むしろまるで高度成長期のような熱さを感じ、自分に熱く響きした。

シンバホールディングス㈱HP:http://symba828.securesites.net

【安里 繁信氏 (あさと しげのぶ)】
1969(昭和44)年生、沖縄県浦添市出身。県立高校卒業後上京、イベント企画会社運営に携わる。1990年に帰沖し、父(安里信秀現シンバネットワーク会長)の経営 する「安信輸送サービス(株)」入社。2004年、株式会社信羽を設立し、代表取締役社長に就任とともに現在、グループ企業13社を統合するシンバネットワークを設立。2007年3月、(株)信羽は「シンバホールディングス(株)」へと社名変更、総合物流業を展開する「(株)あんしん」や広告業の「(株)宣伝」、飲食事業・店舗の企画や経営管理を主とした「(株)ショップス」、寝具・インテリア雑貨等貿易販売を展開する「(株)デバイ ス」などを中心としたグループ会社13社の「持ち株会社」となった。
企業経営の傍ら、県教育委員等を歴任後、現在、沖縄県知事の諮問する沖縄21世紀 ビジョン懇話会の委員や(社)日本青年会議所第58代会頭として活躍している。

【シンバネットワーク】
日本全体の中で1%程度しか経済規模がないと言われている沖縄で、約190億円を売り上げている社員数620人のグループ企業(2004年時) さらに2009年にはグループ全体で500億円を達成する事業計画を持つ。不動産業、物流サービス業、総合広告業、総合流通商社、 自動車関連事業、映像・番組企画制作、プロダクション・人材派遣、マーケティングソリューションなど、計16社を束ねて事業を 展開している。
(参考:起業大学HP)
  
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2009年12月17日

商人日記再スタート

2008年9月からのリーマンショックの後
今後の経済のが不透明になる中
2009年は私自身も商人日記で何をにつづるべきか迷ってしまいました。
ただ2009年12月、日記を書くということについてようやく方向が見えてきましたので再スタートします
そして自身も2010年新たに伊勢商人の心を胸にビジネス活動をスタートします

キーワードは

「感謝」 「自然」 「理念」 「文化」 「歴史」 「原点」 

といったところでしょうか・・・

私の活動、いろいろ学ぶこと、学んだんだこと、また今までの商人の名言ふくめ発信していきます

今後ともよろしくお願いします

  
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2009年01月20日

商人塾◆商人の名言・ルーズベルト

◆■商人の名言■◆
【我々が明日花開くのにただひとつ足かせとなるのは今日の疑念だろう】フランクリン・デラノ・ルーズベルト(1882~1945)/第32代アメリカ大統領。



■不景気時代を克服したリーダーの象徴・フランクリン・デラノ・ルーズベルト。世界不況の最中、明日21日オバマ大統領が就任しますが、いろいろな意味でこの大統領からも学ぶべき点があるだろう。
■フランクリン・デラノ・ルーズベルト。世界恐慌と第二次世界大戦を経験した大統領。世界恐慌に対してのニューディール政策で有名。
■ハーバード大学のロースクールを卒業後、28歳でニューヨーク州議会上院議員に当選する。その後、州知事などを歴任し、1933年、第32代アメリカ大統領となる。
■アメリカ史上唯一4選される。また、唯一の重度の身体障害を持つ大統領としても知られる。任期中(1933~1945)に世界恐慌と第二次世界大戦を経験し、20世紀における中心人物のうちの一人である。そのリーダーシップはアメリカ合衆国を世界恐慌から回復させ、第二次世界大戦までの世界構造の中で枢軸国に対する「民主主義の兵器廠」に発展させた。
■世界恐慌に対しては「ニューディール政策」と呼ばれる、政府による経済への介入(積極的な経済政策)を行った。また、団体交渉権保障などによる労働者の地位向上・テネシー渓谷開発公社 (TVA) などの大規模公共事業による失業者対策・社会保障の充実などの政策を行って克服を図ったが、1941年の第二次世界大戦参戦による軍需の増大によってアメリカ経済は回復する。
■スターリンに対する微妙な姿勢は後の歴史家によって批判の対象となったが、平和に対する国際組織の展望は死後国際連合として結実する。1945年死去、享年63。
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2008年12月14日

おもてなし塾◆高級レストラン2

◆■テーブルマナー~高級レストラン~■◆



■今回は食時の際のマナーについて学びましょう。
■「ナプキンの使い方」 ナプキンはいつ広げなければならないという厳密なルールはありませんが、席についたらナプキンを膝の上に広げましょう。中座する時は、ナプキンを軽くたたんで自分の椅子の上、あるいはテーブルの上に置きます。食事が終わった後は、ナプキンを軽くたたみ、テーブルの上に置きます。この時注意したいのは、一般的な習慣として、食後ナプキンをテーブルの上に置くことは「その店を出る」というサインになります。接待などの場合には気をつけましょう。
■「カラトリーの使い方」 テーブルなどに、あらかじめ必要なカトラリー(フォーク、ナイフなど)が並べられている場合は、外側から一対で使っていきます。間違えて使ったとしても、ウエイターが状況を見て後から追加してくれるので、神経質になる必要はありません。
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2008年11月21日

おもてなし塾◆名前の覚え方

◆■名前の覚え方■◆



■顧客満足のために大事なもの、その1つが「名前を覚える」ことだとよく言われます。
■名前を覚えるためのポイントはいろいろあります
1)記憶しようという強い意識をもつ
2)名前、顔、髪型など特徴に関心をもち情報をつかむ
3)できるかぎり話かかける
4)名刺などに印象、会った日付などをかいておく
5)会った場面を何度も思い出す
6)連想する
■いろいろありますが、その中でも重要な「連想」について触れてみます
体に特徴がある場合はそれを使います。特徴が無い場合は芸能人やアニメキャラなどで似ている者を挙げます。
例:パーマ頭で名前が伊藤さんなら
目を閉じてパーマ頭に糸(伊藤から取って)をぐるぐる巻くのをイメージ。
例:キムタク似で名前が荒川さんなら
目を閉じて、キムタクが荒川で溺れているのをイメージ。
例:ルパン三世似で名前が山田さんなら
目を閉じて、ルパン三世がヤマダ電気で買い物しているのをイメージ。
■どうですか!さあ今日から名前覚えに励みましょう!!
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2008年11月09日

商人塾◆商人の名言・鳥井信治郎

◆■商人の名言■◆【なんでもやってみなはれ、やらなわからしまへんで】鳥井信治郎/サントリー創業者



■大阪の両替商の二男に生まれた鳥井氏は13歳で大阪・道修町の薬種問屋に丁稚(でっち)奉公に出た。明治時代の薬種問屋は、薬だけでなく、ブドウ酒やウイスキーも扱う“ハイカラ”な空間だったという。20歳で独立し、鳥井商店(後の寿屋)を起こし、ブドウ酒を売り出した。だが、本場スペイン産のブドウ酒は「酸っぱい」と敬遠され、さっぱり売れない。「日本人の口に合うブドウ酒を作ったる」と燃えた。
■サントリーの前身・寿屋を「赤玉ポートワイン」で一躍有名にした。日本初のヌードポスターを作るなど、問屋を喜ばせる営業の工夫も怠らず人気商品に押し上げた。「美酒一代」「広告の天才」と呼ばれた鳥井氏は積極的に宣伝活動を行い、周囲の意表をついた広告を次々と採用。昭和2年国内最初のウイスキー「サントリーウイスキー白札」を発売、同時に赤玉が太陽(サン)を象徴していたことから「サン」をとり、鳥井「トリイ」と合わせサントリーとしたという。 今ではご存知のとおり、日本を代表する会社となった。
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2008年10月30日

おもてなし塾◆高級レストラン

◆■テーブルマナー~高級レストラン~■◆



■今回は食時の際のマナーについて学びましょう。
■「ナプキンの使い方」 ナプキンはいつ広げなければならないという厳密なルールはありませんが、席についたらナプキンを膝の上に広げましょう。中座する時は、ナプキンを軽くたたんで自分の椅子の上、あるいはテーブルの上に置きます。食事が終わった後は、ナプキンを軽くたたみ、テーブルの上に置きます。この時注意したいのは、一般的な習慣として、食後ナプキンをテーブルの上に置くことは「その店を出る」というサインになります。接待などの場合には気をつけましょう。
■「カラトリーの使い方」 テーブルなどに、あらかじめ必要なカトラリー(フォーク、ナイフなど)が並べられている場合は、外側から一対で使っていきます。間違えて使ったとしても、ウエイターが状況を見て後から追加してくれるので、神経質になる必要はありません。
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2008年10月23日

健康視点で見る財務

難しい財務もなじみのある病状などの「健康」視点でみれば理解しやすいかもしれません。

結構、当たっていて面白いですよ!!!


まず基本

(図1)は、健康体
        ○ 自己資本が多い
        ○ バランスのとれた状態

--------------------------------------------------------------------------------

(図2)は、肥満体 
        ○ 固定資産 > 固定負債+自己資本 → 流動資産 < 流動負債
        ○ 財務の安全性が低下している

        ※ 固定資産を、脂肪とみなした場合に、毎期しっかり減価償却(ダイエット)しているか
        ※ 設備資金ではなく、運転資金による設備購入(過食)ではないか
                

--------------------------------------------------------------------------------

(図3)は、危篤状態
        ○ 負債合計 > 資産合計 → 債務超過
        ○ 企業の継続性の危機




次に応用
※図は下方を参照

(図1)は、動脈硬化
        ○ 売上債権(売掛金等)の占める割合が大きい
        ○ 売上債権の回収努力不足 → 資金(血液)の循環不良
        ○ 資金繰りの悪化


--------------------------------------------------------------------------------

(図2)は、糖尿病 
        ○ 在庫の占める割合が大きい
        ○ 在庫管理の不徹底 → 不良在庫の存在 
        ○ 徐々に資金繰りを悪化させる要因


--------------------------------------------------------------------------------

(図3)は、心身症
        ○ 資金の出入りが不透明 
          (内容不明の仮払金・仮受金や役員貸付金・役員借入金の増加)
        ○ 場合によっては、不透明さが原因で、資金調達が困難になる場合も
        ○ 黒字の場合には、税務調査の対象にもされやすい




資産・負債および資本のバランス(構成割合)は、経営判断の一つの材料となります。
また、人間の病気場合と同様に、すぐに状態を良くする特効薬はありません。
日頃の健康管理(経営計画)や地道な改善努力が重要となります。

参考文献:「わかる財務分析 できる経営助言」 (TKC出版)

  
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2008年10月21日

経営と人生観

私の尊敬するある70代・現役社長の言葉

20代 体を鍛える
30代 勉強する
40代 スタートをする
50代 つぼみをつける
60代 花を咲かせる
70代 実らす
80代 収穫


特に注目すべきは
20代、30代、そして40代のこと
体を鍛え、勉強し、40代でようやくスタート
今の時代、20、30代の若いベンチャー社長などが多い今日この頃
逆に興味が惹かれる言葉だ


この言葉の意味
それは
早いうちに苦労をしろということ
下積み経験という基礎作りをしろということ
早いうちに芽が出ると打たれるということ
情報に踊らされて現状を忘れ新しいことにのめりこみすぎるなということ



  
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2008年10月20日

おもてなし塾◆国際マナー

◆■国際マナー・プロトコールとは■◆
プロトコールは「国際儀礼」「外交儀礼」と訳されます。お国柄や文化が異なる人々が集まる時に、 みんなで気持ちよく同じ時間と空間を共有できるようにと定められた世界標準マナーです。国際化の中、価値観の異なる人同士がコミュニケーションするにあたってとても重要ものです。



■プロトコールでは国交・ビジネス・社会(人間関係)を円滑に営むことを目的として、「他人との無用なトラブルを未然に防ぎ、人間関係をスムーズにするための心のあり方(考え方)」と、「そのために必要とされるルール」について定めております。その具体的な内容は、紳士・淑女の精神概念に始まり、各国の文化や宗教、場所に応じた、挨拶の仕方や服装、国書を始めとする各文書の書き方や名刺の使い方、テーブルマナー、贈り物、エスコート、国旗の掲揚、祝儀、不祝儀、パーティの催し方など、多岐にわたります。
■現在の日本ではプロトコールを理解している方は少ないそうです。例えば、「イギリスのランチミーティング中、テーブルマナーのタブーを侵してしまい、商談そのものがなくなってしまった」「モナコのホテルのレストランに入ろうとしたら、空席があるのに断られた(→入り口で、大声で話していたためです)」。「ホテルのロビーでお化粧を直していたら、男性につきまとわれて危ない目に遭いました。日本人だから?(→公共の場でお化粧直しをするのは、男性を誘うサインだからです)」などがその実例です。そのため何気ない行動が残念な結果を招くことがあります。
■プロトコールは、各国の文化や風習に加え「宗教」も反映して作られているので、マナーの「タブー(禁忌)」と定められた事項の中には、宗教上の禁止事項が数多く含まれております。そのため、海外旅行などで知らずに侵したタブーが相手の怒りに触れ、思わぬトラブルに発展する場合があるのです。■
■海外で効果的なコミュニケーションのためには、世界共通言語といわれる英語等、言語を覚えるのも重要ですが、プロトコールというグローバル・スタンダードのマナーも重要ですので意識して身に付けましょうね。
◆■おもてなしメール塾 塾長■◆

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2008年10月09日

商人塾◆商人の名言・青井忠治(丸井)

◆■商人の名言■◆
【全て自分の事だと思って全力を尽くす。自分の事と思えば、どんな辛いことでも我慢できる。そして、人の喜びを自分の喜びとする。】青井忠治/丸井創業者



■1931年、創業者青井忠治が東京・中野に最初の店舗を開設。1941年、第二次世界大戦下の国内政策により全店が閉鎖に追い込まれ、事業を完全に失った。しかし、戦後の1946年(昭和21年)に不屈の精神で再び家具販売を切っ掛けとして月賦販売の丸井を復活させた。1960年に日本初のクレジットカード(「赤いカード」)を発行して業績を延ばし、旧態依然とした月賦販売を近代的なクレジット会社に昇華させ、販売会社との融合による新しいビジネスモデルを創出した。
■現在では、小売事業を中心に、カード事業、小売関連サービス事業を展開する企業グループとして成長。
この成長の原点は「景気は自らつくるもの」という創業者の商売哲学に秘められたチャレンジ精神にあります。
常に新たな革新に向かう経営姿勢は今日のマルイグループ各社に脈々と受け継がれ、次の成長を生み出す原動力となっています。
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2008年10月04日

おもてなし塾◆報連相

◆■ビジネスマナー・相談■◆
今回は「相談」のルール・マナー学びましょう。「報・連・相(ホウレンソウ)」の1つ相談です。



■相談のルール・マナー■
1)ひとりで悩まない:仕事上、何か問題が起きたり、失敗をおかしてしまった時はすぐ相談しましょう。相談したほうが解決が早くなります。
2)何を相談したいのか明確に:自分なりに何で困ったいるのか、原因は何なのか考えましょう。不明確な状態では相手も相談にのりにくいです。相手に頼りすぎるのも良くないので、一度自分なりに考えて整理しましょう。
3)相談相手は仕事上の上司、先輩に:社内の指示系統を意識して基本的には直属の上司、先輩にまず相談するようにしましょう。いきなり部・課を乗り越えて相談するのは組織の雰囲気を悪くするので気をつけましょう。
4)タイミングをはかる:相談の際、相談する相手の貴重な時間をいただくので、TPO(時、場、機会)を配慮しましょう。
5)完璧な答えを求めない:相談によって得られたアドバイスをもとに自分がどうすべきか考えましょう。相談した上司や先輩が最終的な結論を出してくれるとは限りません。
■相手への相談は大事です。しかし相手に頼り過ぎないよう上述の「相談のマナー」を意識して相談しましょう。
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2008年09月19日

商人塾◆商人の名言・大倉喜八郎

◆■商人の名言■◆【人は命がけでかかればできない事はない。商売も同じである。】大倉喜八郎/大倉財閥創始者



■日本の実業家。中堅財閥である大倉財閥(おおくらざいばつ)の設立者。明治・大正期の実業界の雄である。男爵。越後国新発田(現新潟県新発田市)出身。
18歳で上京、乾物屋を営んだ後、慶応元年(1865)大倉屋銃砲店を開業、戊辰戦争に際し官軍御用をつとめて巨利を得る。戦争の度に肥え太った「死の商人」という評もある。明治6年(1873)大倉組商会を設立し、貿易業に着手。公共事業や教育事業には惜しみなく私財を投じた。
鹿鳴館、帝国ホテル、帝国劇場などを渋沢栄一らと共に、設立したことでも有名。現東京経済大学の前身である大倉商業学校の創設者でもある。
■ほかにもある大倉喜八郎の名言。
「今日はよく働いたと夕方になって考えることほど、私にとって大きな楽しみはなかった。」
「誰も引き受けないところに商機はある。」
「楽隠居の考えを止め、勇気をおこし、家のため、国のため努力するこそ人間の本文なり。」
「渡りこし 浮世の橋のあと見れば いのちにかけて あやふかりけり」
「商人にとっては儲けこそ命である。」
「信用を重んずべし、信用なき人は首なき人と同様なりと知るべし。」
「何事も魂を籠めて誠心誠意を以て働け。」
「遊ぶも働くも月日は流る、奮闘に興味を持つ 」
「他人が十時間働くなら、自分は十二時間働け、精神一倒何事不成の心持を以てすれば、成功必ず疑なし。」


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2008年09月04日

商人塾◆商人の名言・豊田喜一郎

◆■商人の名言■◆
【今日の失敗は工夫を続けてさえいれば、必ず明日の成功に結びつく】
豊田喜一郎/トヨタ自動車創立者



■静岡県生まれの喜一郎氏は大学卒業後、父の会社である豊田紡織で、英国製に優る高性能の織機を父と共に完成させた。1930年に自動車作りのための調査・研究を開始し、1933年には豊田自動織機製作所内に自動車部を設置して、本格的に自動車作りに取り組んだ。とりわけ苦労したのがエンジンであった。工場の中にベッドを持ち込み夜中まで仕事に打ち込んだ。度重なる失敗を重ね、1935年にA型エンジンを完成させた。戦時中の品不足や軍の統制、戦後のインフレや経済政策の変更などの厳しい状況の中,「世界のトヨタ」の礎をつくった。 1936年AA型乗用車の生産開始。1937年トヨタ自動車工業株式会社設立。1938年ジャスト・イン・タイムの実践を開始する。1952年従五位勲四等瑞宝章を賜る。
■喜一郎氏はこう語っている。
「今日の失敗は明日への成功へ結びつく。勿論、人のやったものをそのまま輸入する必要もありますが、何と云っても、苦心してそこまでもって行った者には尚それをよりよく進歩させる力があります。人のものをそのまま受け継いだものには、楽をしてそれだけの知識を得ただけに、さらに進んで進歩させる力や迫力には欠けるものであります。日本の真の工業の独立をはからんとすれば、この迫力を養わなければなりません」

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2008年09月04日

先代の不安・事業継承

【セミナー「事業継承のホントの話」 百五経済研究所・荒川先生(中小企業同友会主催)にて】

相続税だけではないいろんな事業継承のホントの話、いろいろ勉強になりました。

ここではその中でも

「先代の後継者への不安」

について触れたい。

「先代の後継者への不安」
それは
→後継者の経験への不安
→後継者をコントロールできない不安



◆不安① 後継者の経験への不安
・現業を守ってもらえるのか?
・現業は甘くはない?
・事業転換ではなく事業継承してもらえるのか?


そんな不安があるらしい

一方、後継者としては
・自分のやりたいことをやりたい!
・先代を超えたい!
・時代にあった事業を展開したい!


そんな両者の思いにジレンマがある 
会社を良くしたい、社員を守りたいその思いはおなじなのだが・・・


継承にあたっての名言
 死後3年は新しいことをするな(武田信玄)
 継承後10年は新しいことをするな(西武グループ)


ゆっくり継承した上で地道に新しいことをすればいいのではないのか!


◆不安② 後継者をコントロールできない不安

後継するのであれば仕方ないのであろうが、日本においてはほとんどが同族経営で
先代と後継者は親子で行われることが多い

でも親子であれば喧嘩もする

喧嘩をしない円満な方法があるのか

いや親子の喧嘩は当たり前

おそらく

有意義な喧嘩を前提に継承していくことがベターといえるのだろう・・・



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2008年08月22日

おもてなし塾◆報連相

◆■ビジネスマナー・報告・連絡■◆
今回は「報告・連絡」について学びましょう。「報・連・相(ホウレンソウ)」と呼ばれてますが、相談とあわせて報告・連絡は仕事上とても大事です。ところで報告と連絡の違いはご存知ですか?厳密に区別する必要はないそうですが、一応、「報告」は下から上に対しての伝達、「連絡」は上から下、横同士の伝達と使い分けます。



■報告・連絡のルール
1)催促される前に自分から:任された仕事に関しては自分から積極的に伝達しましょう
2)その都度:連絡・報告の回数は決まっていません。大きなトラブルを回避するために小さなことでも都度、伝達しましょう
3)結論から先に:限られた時間の中で効率よく伝達するための結論から話しましょう
4)短くまとめる:主語・述語を明確に 一文一文短くしゃべりましょう
5)事実を述べる:基本的に客観的な事実を述べます。主観的な意見を述べるときは「私の意見ですが~」など分けて説明するようにしましょう
■報告・連絡のタイミング
1)進行中:ミス・トラブル、異常事態が起こり次第すぐに報告・連絡しましょう。明日でなく今日、午後でなく午前。帰社後でなく帰社前。
2)終了:一段落したら必ず結果を報告・連絡しましょう。報告・連絡をしてようやく一仕事終了です。
■報告・連絡は円滑な仕事のためにも、お互いの信頼関係を育むためにも重要なマナーです。
【おもてなしメール塾 塾長】

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2008年07月25日

商人塾◆商人の名言・岩崎弥太郎

◆■商人の名言■◆
【およそ事業をするには、まず人に与えることが必要である。それは、必ず後に大きな利益をもたらすからである。】 三菱財閥創始/岩崎弥太郎



■岩崎 弥太郎(いわさき やたろう)は日本の実業家で、三菱財閥の創業者。明治の動乱期に政商として巨利を得た最も有名な人物である。
■土佐藩の藩主・吉田東洋と出会い、飛躍の道を拓いた。東洋の後を受け継いだ後藤象二郎の下で、弥太郎は次々に才覚を発揮し、長崎に設立した土佐商会で腕をふるった後、明治6年(1873)三菱商会を設立。以前に長崎で坂本龍馬から得た示唆により海運業に着眼。そして、幕末から続く諸外国の汽船会社などとの激しい戦いを制し、"東洋の海上王"と異名をとるようになった。
■明治18年、享年52歳。疾風のごとく世界を駆け巡った異才、岩崎弥太郎は生涯を閉じますが、死の床で「東洋の男児」と叫んだという熱き志は、弟、弥之助にしっかりと受け継がれ、鉱山、造船、不動産、金融へと拡大し、世界に名だたる現在の三菱グループへと発展していった。
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2008年07月02日

ユニクロック


ユニクロがはじめた新しいプロモーション!UNIQLOCK(ユニクロック)!

UNIQLOCKは、コンセプトとして“MUSIC×DANCE×CLOCK”を掲げたキャンペーンを行なうティザーサイト(断片的な情報のみを公開し、視聴者の興味を引くことを目的としたウェブサイト)。



女性ダンサーが時報に合わせて踊る時報ダンス“CLOCK DANCE”をテーマにユニクロのダンスを踊る。

ダンサーが着ている服はUNIQLOCK上で人物をクリックすれば着ている服をチェックして同じ服を購入することも可能となっている。

プロモーションだけでなく 音楽+映像+時計でブログパーツなどとしていろんなところで活用してもらいやすいような工夫がされている!!
さすがユニクロ!!

UNIQLOCK
http://www.uniqlo.jp/uniqlock  
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2008年05月25日

おもてなし塾◆挨拶

◆■挨拶■◆
「ビジネスマナー」は円滑に仕事をするために必要な基本スキルです。良い人間関係づくりをし、お互いに効果的に仕事するためにとても重要です。



■今回は「挨拶」について学びましょう。挨拶で職場が元気なります。相手も自分も元気になります。
■挨拶5原則
■1)相手に聞こえる声ではっきり発音:口を大きくあけてはっきり発音しましょう。短いフレーズですからすぐできます。
■2)相手の目をみて挨拶:机、パソコンに向ったまま挨拶していませんか?
■3)心を込めて:挨拶も習慣化されると段々表面的に、いい加減になりがちです。意識して心を込めましょう。
■4)誰に対しても行う:スタッフはもちろん全員に!お客様であれば初対面であってもしっかり挨拶しましょう。
■5)すれ違う時には軽い会釈を:人とすれ違うときは相手と目が合ったら軽い会釈をしましょう。
■挨拶は職場に元気を与えてくれる大事なメッセージです。日経新聞の調査結果で「職場のうれしい一言」ベスト5は順に「おはようございます」「ありがとう」「おつかれさまでした」「また頼むよ」「おかげでうまくいきました(助かりました)」でした。ほんの挨拶、されど挨拶です。こころのこもった挨拶は嬉しいです。元気がでます。
【おもてなしメール塾 塾長】

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2008年05月11日

商い→カンパニー

坂本竜馬・海援隊 ~ 岩崎弥太郎・三菱   


この二人により日本の「商い」は「カンパニー」へと成長することになりました。
       
              
江戸時代もほとんど終わりの頃。日本の、外国との窓口は長崎でございました。
各藩の出張所が立ち並び、外国人も多く住み着き、商業の都となりました長崎の街。
そこで頭角を表して参りましたのが坂本龍馬。



薩長同盟を密かにまとめた後は妻のお龍と供に長崎に移り住み、本業である貿易の仕
事で東奔西走、その名は長崎中に知れ渡りました。やがて故郷土佐藩からも脱藩を許
され、協力を求められることとなりました。ここに天下晴れて、 
日本最初のカンパニー・総合商社『海援隊』が成立したのでございます。              
                


つづいて岩崎弥太郎、龍馬と同じく土佐藩の低い身分の生まれたため、岩崎弥太郎は、本来、土佐の国許で下っぱの役人で終るところ、 家老の吉田東洋、そして参政の後藤象次郎に引き立てられ、長崎の土佐商会の主任、いわば支店長格に大抜擢されました。しかし、当時すでに莫大な赤字をかかえていた土佐商会の主任といえば聞こえはいいが貧乏クジ。しかも商会の中でも弥太郎の身分が低いため部下も言うことも聞かない、一方下請け会社ともいえる海援隊の荒くれどもからはソロバン 
侍とののしられ、さんざんな毎日からすっかり頑になっおりました。          

この二人により日本の「商い」は「カンパニー」へと成長することになりました。

」」」」」」」」地域密着型の企業を応援します 
 商いカンパニー http://www.akinai-company.net 」」」」」」」」」」」

        以下 講談師・神田陽司のサイトより http://www.t3.rim.or.jp/~yoogy

そのきっかけとなったのが「いろは丸」事件です。

時は慶応三年四月十九日、ついに海援隊専 
属の蒸気船が船出をすることとなりました。 
今日をはじめとくり出す船は、稽古はじめの 
『いろは丸』。
総トン数160トンのいろは 丸の前には西洋の
船員服をまとった海援隊員がずらーっと並びます。
その前に立ちますのは、相変わらず黒紋付きに袴
姿の海援隊隊長・坂本龍馬。                
  
意気揚々と大坂へ海援隊としての処女航海に出
たいろは丸、ところが、船出をし て四日めのこと、
馬関の関を後にして、瀬戸の内海はや越えて、讃
岐国、箱ノ岬にさしかかった真夜中でした。徳川御
三家、紀州五十五万石の御用舟と衝突しいろは丸
は沈没しまいました。        

当然追突事故ということで賠償の交渉が始まりまし
た。しかしなにしろ相手は徳川御三家、紀州五十五
万石の御用舟、こちらは土佐藩の徴用とはいえ、浪
人集団海援隊の船、交渉は難航を極めます。        

そこで訪ねて参りましたのが、土佐藩土佐商会の岩崎
弥太郎。            
「おう・・・弥太郎か」          
「この度は大変な災難でしたね」      
「ああ・・・災難も災難じゃ。大災難じゃ。わしら海援
隊のはじめての黒船、いろは丸、 それがはじめて
の航海で沈んだ。いや、船だけやない、あそこにゃ
長崎で仕入れたばかりの最新式のミニエール銃が
三百九十丁も積み込んであったがじゃ。一丁十五両
として・・ ・なんぼじゃ」              
「五千八百五十両です」          
「ああ、ほうか。とにかく、ちゃちゃくちゃの損害じゃ。
しかも紀州藩は自分らに責はないという。こっちの不
注意じゃ、こんまい船が避けるのが当然じゃちゅうて
金払う気もないんじゃ。もう、
何もかんも嫌になってしもうた」                  
「しかし・・・坂本先生お得意の『万国公法』 
はどうしました。先生はかねてから、剣より 
も銃、銃よりも法律、と言われておられたで 
はないですか。万国公法に照らして交渉され 
たらいかがですか」            
「やったぜよ。けんど相手はそんなもん知ら 
んというし、第一万国公法には船の衝突のこ 
んまい決まりなんぞ書いとりゃせんのじゃ」 
「それは・・・困りましたね。長崎奉行所に 
訴えては」                
「ちゃちゃ。あかんあかん。力衰えたりとい 
えども相手は御三家。長崎の奉行所を抱き込 
むことくらい朝飯前じゃ」         
「そうですか・・・では、坂本先生のご人脈 
に頼られては。長州の桂どのか薩摩の西郷吉 
之助どのにご相談でも」          
「あかんあかん。皆自分のことで手いっぱい。
いよいよ幕府を倒すというならともかく、御 
三家を相手に争うとるヒマはないちゃ」   
「じゃあ、どうします」          
「・・・どうするもこうするも。もうどうと 
もなれじゃ」坂本龍馬というひとは今でこそ 
英雄として名を残しておりますが、上がった 
り沈んだりの激しい人でした。このときはた 
ぶん一番の底でございます。        
「あのな、おまんごと会計係にはわからんか 
も知れんがな。わしゃもともと黒船で海に乗 
り出すのが夢だったんじゃ。そのために海軍 
塾にも入った、戦があると面倒やき長州と薩 
摩の仲も取り持った。けど、いざ自分で船持 
っていよいよ海に乗り出そうちゅう時にこれ 
じゃ。天の神さん、よほどわしに意地悪しち 
ゅうじゃないがかな。わしゃ不運な男じゃ。 
こと船のことは次から次と裏目がでよる」  
「ほう・・・では、海援隊の隊長が、交渉を 
放棄すると、そういうことですか。坂本先生」 
「放棄するとは言うとらんが、どもならん」 
「ああ:まあ、この際そんなことはどっちで 
もいいことです。海援隊が紀州五十五万石に 
勝とうが負けようが。私は、こないだの三百 
両さえ返してもらえりゃそれでいいんです」 
「ほたえな。今この海援隊が何万両の損害を 
抱えとると思うんじゃ。たかが三百両・・・」 
「銭を計るものさしにたかがというのはあり 
ません。それでは、先日の借用書をタテに取 
らせてもらっていいですか?」       
「なんじゃ」               
「この借用書。坂本龍の、血でも肉でも担保 
にすると、ちゃんと裏書きもしてあります」 
「ああそうか。おまん、噂通りのソロバン侍 
じゃな。こんな時に証文が大事か・・・ああ 
そんなら、この坂本の、血ぃでも肉でも持っ 
ていったらええが。ほれ、どこなともってい 
きゃれ」                 
 龍馬ヤケになってしまいまして、腰のもの 
を抜くと弥太郎に押しつける        
「ほれ、おまんの腰のものは竹光じゃろう、 
わしのはよう切れるるぞほいほい」     
「坂本先生・・・ちょっと待って」     
「先生はやめちゅうに、ほれほれ」     
「ほな・・・坂本!」           
「な、なんじゃ、大きな声出して」     
「おまんがセンセはやめちゅうたろが。こら 
坂本! なんじゃ、おまん。それでも海援隊 
の隊長かい」               
「な、なんじゃと」            
「おい坂本。今なんちゅうた。<おまえの如 
き会計係にゃわからん>誰に向かって言うと 
んな。おまんら海援隊のムチャな要求に、書 
類作って稟議書作って、藩の上役にかけ会お 
て予算もって来てやっとるのはその会計係じ 
ゃ。それをいつもソロバン侍、ソロバン侍と 
バカにしくさって。だいたいお前らいつもそ 
うじゃ。何が天下国家じゃ。好きなように脱 
藩して、好きなように飛び回って、好きなよ 
うに会社作って、ちと事故が起こったららも 
う止めたか。そりゃちと無責任すぎやせんか。
たがが三百両の銭の返せんヤツらに天下国家 
が動かせるか。おまん、あのいろは丸が走る 
までにどんだけの犠牲があったか、いうとっ 
たやないか。大洲藩の国島六左衛門どのはお 
まんにそそのかされて、いろは丸買うた責任 
取って腹切った。それと、おまんがユニオン 
号の取引の時死なせた近藤長次郎、ワイルウ 
ェフ号で難破した池内蔵太、二人とも土佐で 
わしの開いた塾の生徒じゃ。知っとったか」 
「いや、知らんっかた」          
「二人とも、地に足のついた真面目なヤツじ 
ゃった。おまんの夢みたいな話に騙されて命 
を落としたんじゃ、おまんにはあいつらの分 
もやらなならん義務がある、夢を見せた分の 
責任がある。それをなんじゃ。血いでも肉で 
も持っていけ、情けない。情けない。それで 
も土佐んいごっそうか」          
「・・・・弥太郎・・・・」        
「わしはな。おまんのことを羨ましいと思っ 
ておったんじゃ。わしは学問はできたが剣術 
はできん。漢文と国学しか知らんき英語も話 
せん黒船も動かせん。家や親や土佐藩を捨て 
て飛び回る度胸もない。だいたい・・・おま 
んは郷士株を買ってサムライになった裕福な 
才谷屋の息子。わしは逆に郷士株を売って地 
下郎人に落ちた貧乏人の小伜じゃ。何がツイ 
とらんじゃ。おまんはわしにないもんを皆持 
っとるやないか。何もかも持っとるおまんが 
頑張ってくれんと、わしらもやる気になれん 
じゃないか。いつか自分も、いつか自分も、 
海に乗り出す、そんな夢が持てんやないか。 
ぜいたくいうな! このショータレコキ」  
「・・・わかった。弥太郎。わしが間違うて 
た。明日は紀州藩との最後の交渉じゃ、すま 
んがタノム、力かいてくれ」        
「わかりました。坂本先生」        
「ほな、まずは明日の交渉のための記録を洗 
い直してくれんか」            
「承知しました」             
                     
 二日目の交渉、聖徳寺の本堂に場所を移し 
ます。高柳楠之助はもう勝った気でおります 
ので、余裕シャクシャク          
「いかがであるか。貴艦としては見舞金一千 
両を受け取って交渉を終えるが最善の策と存 
ずるが」                 
 ほとんど交渉は終わりとして席を立とうと 
する紀州藩                
「お、お待ちくだされ」          
「何を待つのか? 交渉は終わりでござる」 
 龍馬の隣の隊員たちは、交渉決裂の際には 
刺し違える覚悟をしている。もう龍馬にも止 
められそうにありません。         
「まだか~」               
と、そこへ飛び込んで参りましたのは、目を 
真っ赤にして手に書類を持っております岩崎 
弥太郎。                 
「? 誰じゃ。昨日は見なかった顔だが」  
「拙者、土佐藩・土佐商会会計主任、岩崎弥 
太郎と申すものにて候。聞き及ぶに昨日の交 
渉明光丸側は九名、こちらは八名、不公平な 
れば助っ人としてまかりこし候。されば、明 
光丸のお歴々。ご提出いただいた航海日誌に 
ござるが、お手許の写しを見られよ。まずい 
ろは丸より明光丸にうつりしもの四十有一人 
とござるが、こは三十四人の間違いならずや」 
 ざわざわと、明光丸側がざわめきます。  
「そのような些事を何故あげつらうや」   
「些事にはございませぬ。証拠能力の有無の 
確認にございます」            
「訂正いたす」              
「さらに、いろは丸進路をオーストンソイト 
すなわち東一点南、とありますがオーステン 
ノールトすなわち東一点北の間違いにあらず 
や」                   
 ふたたびざわめく。           
「・・・そ、それは間違いのようであるな、 
訂正いたす」               
「さらに・・・」と、弥太郎は、書類の不備、
矛盾点を数カ所に渡り指摘を続けました。  
「もうよい。そのような些事は事務方で話し 
合えばよい」               
「では、最後にひとつだけ。最初にいろは丸 
より明光丸に最初に乗り移りしは、以前紀州 
艦にも働いていた水夫・デン伝五郎、このも 
のの顔を知っていたことにより、乗艦許可を 
出したとある」              
「いかにも、わが方の当直士官が許可したも 
ようである」               
「確かでござるか」            
「確かじゃ」               
「ここには明光丸の士官は全員集まっておら 
れるな。それはそなたか? そなたか?」  
「いえ、拙者では・・・」明確な答えがない。
「ええいわしじゃ」とタカヤナギ。     
「確かにござるな。伝五郎が縄をつかんで上 
っていたのでござるな」          
「左様」                 
 この時弥太郎、ニッコリと笑い。     
「されば、伝五郎は前夜より足を痛めて病床 
にあり、綱を上れるはずなし。こは当方の陸 
奥陽之助が背中におぶって乗船せるものなり。
すなわち」                
「何だというのだ、そんな細かいことを」  
「当夜、最初に明光丸に乗り移った船員を誰 
も見ていないということは、即ち、明光丸の 
甲板には、当夜、当直の士官が一人もいなか 
ったということになりますな」       
「それは」竜馬がたちあがり        
「何と、夜中の航行に、当直士官を一人も置 
いていなかったと! それは万国公法に則っ 
ても、間違いなく違反でございますな」   
「それは」                
「さあ」                 
「さあ」                 
「さあ」                 
「さあ」                 
「さあさあさあ」             
「よって、この航海日誌は事実を記さず改竄 
されたものと認められます」        
「だまれ! 商人ばらめが」        
「商人ではござらぬ。拙者、土佐藩御留守居 
役、岩崎弥太郎。これな証拠を長崎町奉行、 
および仲裁役である、長崎来航中の英国海軍 
提督に提出してもよろしいな。さすれば、紀 
州藩の日本での、いや、世界での評判いかな 
ることになりまするかな」         
 高柳も絶句する。完全に形勢逆転でござい 
ます。                  
「よろしいか。商業が戦と異なるは規則でご 
ざる。商業とは恐ろしきもの、西洋の商人、 
グラバー、オールトの如きは敵味方を問わず 
武器弾薬を売り申す。ひとつ間違えばおのれ 
の国をも滅ぼしかねぬもの。それが商業でご 
ざる。さればこそ、規則を守ることが絶対に 
必要なことでござる。商売とは、公明正大な 
る天道のしたの戦でござる。輸送船の航海日 
誌はそのすべての国際商業の安全の基となる 
もの。それを改竄し、事実を隠すとは、武士 
の、商人の、いや、人間の風上にもおけぬ行 
為でございますぞ」            
「・・・なんだかお前にだけは言われたくな 
い気がする・・・」            
 とうとう、紀州側は非を認め、いろは丸に 
全面的な謝罪と賠償を行うこととなりました。
この時、ウワサでは紀州側の裏にいた鴻池善 
右衛門と岩崎の間に秘密の取引があったそう 
でございます。・・・この岩崎と鴻池の協力 
関係が、140年後のUFJすなわち鴻池三 
和銀行と三菱銀行の合併につながった・・・ 
かどうかは知りません。          
交渉が終りまして海援隊本部。       
「弥太郎、いや、岩崎どの。此度は誠に世話 
にあいなった」              
「いえ、こちらこそ。坂本先生のお役に立て 
て嬉しゅうござった」           
「ははは、固いのはヌキにしようちゃ」   
「そうですろう」             
「弥太郎、おまんの仕事の細かさにはほんに 
頭が下がる」               
「いやいや、坂本さんという引き舟あってこ 
その仕事にございます」          
「こんど京から帰ってきたら、わが海援隊の 
会計係、いや、支配人、いやいや、そうじゃ、
共同経営者になってもらいたい」      
「ほんなこつですか」           
「ああ、約束する。待っちょってくれ。二人 
して世界の海に乗り出そうやないか」    
「楽しみにしてます」           
 二人がっちりと手を組みました。     
                     
 慶応三年、六月九日、龍馬が後藤象次郎と 
ともに長崎を出航した日の弥太郎の日記には 
「「余および商会の一同、これを見送る。余、
覚えず流す、涙数行」」と漢文で書かれてお 
ります。                 
 その後も賠償金の支払いを渋り、たびたび 
の減額を要求してきた紀州藩でしたが、やっ 
と七万両の支払いに応じたのはその歳のもう 
十一月を過ぎた頃でした。         

 そして、ちょうどその日、岩崎弥太郎の元 
に、龍馬が京都近江屋二階で、中岡慎太郎と 
共に何ものかに暗殺をされたとの報せが入り 
ました。犯人はこの裁判を恨みに思った紀州 
藩士の反抗という説は今でも有力であります。
 岩崎は目の前に積まれた七万両の千両箱を 
前に、                  
「坂本さん、わしゃこれ、どうしたらええで 
すか」と立ち尽くしたと申します。

     
 やがてこの七万両のうち四万両が土佐商会 
の預かりとなり、その運用資金をもって独立 
した岩崎弥太郎は、九十九商会、三川商会、 
そして「三菱商会」立ち上げ、アメリカの汽 
船会社に席巻されつつあった日本の海運業を 
によってはねつけ、戦とは違う形で日本の海 
を守り抜くことになったのでございます。  
             
  
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